2009年9月17日
藤田 まことさんについて
無声映画時代のスター俳優だった藤間林太郎を父に持つ。藤間は現在の大阪府東大阪市にあった帝国キネマの撮影所を拠点
に活動していたが、同撮影所が火災で閉鎖されたことから東京府東京市池袋(現・東京都豊島区池袋)に移り、藤田はそこ
で生を受けた。兄は太平洋戦争に出征、海軍で戦没している。
東京で幼少期を過ごした後京都へ移り、京都市立堀川高校卒業後、ディック・ミネを師匠格とし歌手として芸能界へ入る。
その後、中田ダイマルのかばん持ちをしながら声帯模写、歌謡物真似、漫談や司会の仕事を行っていた。1957年、大阪テレ
ビ放送(現・ABC)で放送された、中田ダイマル・ラケット、森光子主演のテレビドラマ『びっくり捕物帳』に出演したこ
とをきっかけに、本格的に俳優として活動を始める。
1962年、ABC制作全国ネットのコメディドラマ『てなもんや三度笠』に、主人公・あんかけの時次郎役で出演。白木みのる
や財津一郎との掛け合いや、「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー!」などのギャグで全国区の人気を得、横
山エンタツ・花菱アチャコ、大村崑らと共に、上方のお笑いを全国に波及させるきっかけを作った。
『てなもんや?』終了後はしばらく不遇の時代が続いたが、1973年、『必殺仕置人』の中村主水役に抜擢され、それまでの
コミカルなイメージと、それを180度反転させるシリアスな演技の混合で好評を博した。これ以降の必殺シリーズにも中村
主水役で出演し続け、「家や職場ではただの風采の上がらない"昼行灯"とけなされる中年男だが、裏の顔は悪を闇に葬る剣
の達人」という、世のサラリーマンの理想像とも言えるキャラクターを演じ抜いた。藤田も「中村主水がなければ今の自分
はなかった」と語っており、このシリーズは自他共に認める藤田の代表作となっている。
また『てなもんや?』終了後に苦労した経験から、必殺シリーズでの成功以後もイメージが固定しないよう、『夫婦旅日記
さらば浪人』など様々な役に挑戦を続けた。1979年に始まった土曜ワイド劇場『京都殺人案内』(テレビ朝日)シリーズは
、同劇場中で主人公の演者が交代することなく続いている最長のシリーズとなっている。
1988年、テレビ朝日『はぐれ刑事純情派』に安浦刑事役で主演。温和で人情に厚いベテラン刑事という、今まで演じたこと
のなかった役柄が人気を呼び、ドラマもシリーズ化、あんかけの時次郎・中村主水に次ぐ当たり役となった。これ以降も『
剣客商売』(フジテレビ)などに出演して人気を博し、近年は演技派俳優としての評価も高い。『愛のエプロン』など、バ
ラエティ番組にも積極的に出演している。
2006年11月4月にはフジテレビの『仕掛人・藤枝梅安』で音羽の半右衛門を演じ、翌2007年7月7日にはテレビ朝日系列の『
必殺仕事人2007』で再び中村主水を演じた。2008年4月に食道癌が判明し、6月の明治座『剣客商売』の舞台公演を降板し入
院加療を行ったが、10月下旬より復帰、テレビ朝日系時代劇『必殺仕事人2009』に中村主水役でレギュラー出演した。
落語家・はぐれ亭馬之助としても知られる。弟子にタレント・マジシャンのタクマらがいる。近年の俳優としての活躍から
、現在藤田がコメディアンであったことはあまり知られていない。2002年、紫綬褒章受章。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ちょっとした事件に巻き込まれているようですね。
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